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さてR30型いらいの、スカイラインのレースでの動向を注目してみたい。
スカイラインのレース活動は、妬年いらいグループA規格による全日本ツーリングカー選手権シリーズが戦いの舞台になっていた。
日本におけるグループAツーリングカー選手権シリーズの発足は、ヨーロッパ、FISAの動向とリンクしていた。
グループAによるツーリングカー選手権はヨーロッパでの選手権シリーズ(ETC)が伝統を保っていたが、師年からはツーリングカー世界選手権シリーズへとグレードアップしようとしていた。
したがって全日本シリーズにも富士国際ツーリングカーレース大会(インターTEC)のように国際格式のレースが開催され、世界の強豪ツーリングカーと戦いを繰り広げる舞台も整えられていた。
当然ながらスカイラインは、他の国産車と戦うだけでなく、海外から来た優秀なグループAツーリングカーとも戦わざるを得なかったのである。
85年、86年はボルボ240ターボ、87年はジャガー、そして88年以降はフォード・シェラなどがヨーロッパから遠征してきた。
これらの強豪にグループAスカイラインつぎつぎに戦いを挑むことになったのである。
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85年から87年秋まではR30型スカイラインRSターボが、そして87年11月のインターTECから450PSに出力を上げたスカイラインGTSlRが実戦にデビューしている。
しかし結果的には、スカイラインはことごとく遠征してきた海外のツーリングカーの前に敗退した。その意味ではスカイラインのサーキット伝説の復活は実現しなかった。